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  94年 8月12日〜18日  【 北アルプス 】

双六谷から赤木沢へ

      文、写真、図:直野 淳     

◆日程 :前夜発4泊5日(車)

◆コース:双六谷林道車止め〜広河原(泊)〜打込谷出合先(泊)〜レンゲ谷出合(泊)〜九朗衛門谷〜黒部乗越〜出水平(泊)〜赤木沢出合〜赤木沢〜北ノ股岳〜神岡新道避難小屋(泊)〜水の平〜打保−−−

◆メンバー:直野淳・直野清美・他1

◆地図(1/2.5万図):下之本・三俣蓮華岳・薬師岳・有峰湖

                  

 双六谷の存在を知ったのは中学生の頃だったと思う。叔父の家の確か70年代の「山と渓谷」に双六谷遡行の写真が載っていて、カコウ岩の純白の岩肌とエメラルドグリーンの淵のコントラストが非常に印象的だったことを覚えている。

 以来その神々しいまでの美しさが頭から離れず、私がカコウ岩系の沢を好むのもこれが元になっていると思う。双六谷は、いわば私の沢の原点と言えるだろう。いつかは、と思っていたがやっと念願を果たすことができた。メンバーは私・カミさん・ワンゲル仲間のTの3人で、双六谷から黒部乗越を越えて赤木沢でフィナーレという、まさにカコウ岩尽くしのコースである。。

◆8/12 松本へ

 Tを八王子駅で拾って一路松本駅へ向かう。新穂高温泉に直行してもいいが、やはりここに立ち寄らないと落ち着かない気がする。というのも我々九州のワンダラーはだいたいアルプスで夏合宿を行うので、松本に降りてきて「おかめの湯」に入り、ステーキ・寿司・ラーメンとはしごして駅で寝るのが普通だったからだ。よく他大学の顔見知りとばったり出会って宴会になったことも多々あったし、我々には思い出深いところだ。3:00時に到着、入山祝いの後懐かしいコンコースで仮眠する。

◆8/13 入山口−−広河原

 安房峠を越えて金木戸川林道へと車を走らせる。安房峠ではバスの離合渋滞に巻き込まれ時間をロスしてしまう。ここは夜の内に越えた方がよさそうだ。

 車止めの前は駐車スペースが少ないと聞いていたが、少し戻れば所々に止められそうである。それにしてもこの暑さは異常だ。6日間の重荷がこたえる。双六谷へ早く足を踏み入れたいが、前に進まない。早々に打込谷までの予定を広河原までと変更してしまった。約2時間半の林道歩きで広河原。小倉谷出合の手前の河原にテントを張る。その頃からにわかに暗くなり夕立がやってきた。増水を心配するが、幸い変化はなかった。でも雨に打たれたのはこれが最初で最後だった。さあ明日からは念願の双六谷だ。期待に胸膨らませ早々に就寝。

◆8/14 広河原−−打込谷の先

 普通は小倉谷出合の手前から右岸の巻き道をたどるが、水量も少ないようだし、日数もたっぷりあるのでここから遡行を開始する。

 最初から日の当たらないトロの泳ぎで始まるが、その後は廊下状の中を瀬と淵が交互に現れる。渡渉と泳ぎが続きとても楽しく、歓声を上げながら進む。これくらいならカミさんも問題ない。雰囲気は上ノ廊下の口元ノタル沢手前を小さくした感じ。一ヶ所ひょうたん型の淵を持つ10mの滝が現れるが、右岸へ泳ぎ小さく巻く。巻き道も明瞭にある。

少し谷が開けてくると高巻き道の終点だった。他のパーティーが準備していた。さすがに人気の沢だ。打込谷出合で昼食。ここから先は白い巨岩の間を縫ったり、空身で登り細引でザックを引き上げる動作が続く。日影十根は気づかないうちに通り過ぎてしまう。

ビバーク地は両岸に何ヶ所か見つけたが、打込谷と沢の屈曲点との中間付近の左岸に絶好のビバーク地があり、今日はここまでとした。1:50着。Tの持ってきたソーメンとナタデココがたまらなく美味しかった。

◆8/15 打込谷の先−−蓮華谷出合

 今日も巨岩の登りから始まるが、慣れてきたのか昨日程辛くない。沢が右に大きく曲がり巨岩帯が終わって穏やかな流れに変わると、遠くに三俣蓮華岳の稜線が目に入ってきた。間もなく下抜戸の広河原が現れる。広々としているがブッシュが多くて快適とは言えずさっさと通過する。

 ここから先は概ね谷は開けていて、単調な風景が続くがスカイブルーと針葉樹の深緑とカコウ岩のコントラストが本当に美しい。先に進むのが惜しいくらいだ。両岸が急に迫ってくるとキンチヂミ。ガイドには左岸水中のバンドをへつるとあるが、見ると30cm水面より上にあった。今年は本当に水量が少ないようだ。チムニーを空身で登って引き上げて終わり。

 蓮華谷出合で今日の行動を終了とする。右岸の高台にビバーク地があるが、本流を 30m行くと河原の気持のいいサイト地を見つけたのでここにする。木下さんからここで岩魚が入れ食いだったと聞いていたので、ビギナーの私でもと思いサオを出すがアタリなし。人が入り過ぎて荒らされたのか、昔の面影はないようだ。焚火だけは盛大にし、今日も皆ゾロアスター教徒となる。

◆8/16 蓮華谷−−五郎沢出合

 長かった双六谷も今日で終わり黒部へ越える日だ。そして一番気掛かりな九郎衛門谷の大滝を越えなければならない。

 ゴーロの蓮華谷を進むと七ツ釜。ここは右岸の巻き道をたどって通過すると九郎衛門谷が右岸から現れる。奥に40m程の直瀑がかかり迫力満点だ。ここは蓮華谷を30m上がると、聞いていた通り岩屑の詰まった急なルンゼがあった。でも浮石さえ気をつければカミサンでも問題なさそうだ。ちょっとホッとする。

 途中の5mの壁だけはザイルを出して越える。左の支尾根が低くなったところでトラバースして急降下する。根曲り竹がウルサイが大滝落口の直ぐ上に降りることができた。上流を見ると草付帯があるがその上はもっと楽に降りられそうだ。ルンゼを詰め上った方がよかったかもしれない。それでも心配していたところが無事に終わり、気が楽になった。

 後は黒部をめざしてルンルン気分で駆けあがる。傾斜が緩くなって草原状になると黒部乗越のテン場にヒョッコリ出た。目の前にドーンと薬師岳が現れる。いつ見てもその大きさにびっくりさせられる。

 黒部五郎小屋でビールを買い込み五郎沢を下る。見覚えのある風景になると出合に着いた。他の2人はバテ気味だが、Tは魚影を見つけると俄然元気が出てサオを出した。すると直ぐに一尾釣り上げるではないか。半ば諦めていた私ももしかしたらと思いやってみると、来ました来ました生まれて初めての岩魚が。結局私が一尾Tが3尾でおしまいにする。焚火を起こして塩焼きと骨酒にして黒部の恵みを頂いた。黒部の懐に抱かれ、空には満天の星。至福の時が過ぎてゆく。沢登りをやっていて心底よかったと思える瞬間だった。

◆8/17 五郎沢出合−−神岡新道へ

 今日も晴れ。ここまで天候に恵まれたのはかつてなかった。朝の源流をゆっくり下りていく。赤木沢出合のトロはエメラルドグリーンに朝日が差し込み、まさにメロンソーダ。思わず飛び込んではしゃぐ。さすがに人気の沢なのか、2.3パーテイー登ってきた。我々だけでこの美しい沢を独占したいが、やっぱり無理な話か。

 一本入れた後、この山行のクライマックス赤木沢へ入る。2度目だが何度来ても素晴らしい。ナメや小滝が途切れることなく続き、以前ここで会った人が「沢のおもちゃ箱」と言っていたが、まさにその通りだ。大滝の上でソーメンタイム。これがまた馬鹿うま。雲ノ平の眺めも最高で皆頬がゆるみっぱなしだ。やがて流れが細くなるといよいよこの山行も終わりが近づいたことを実感する。盛期を過ぎたコバイケイソウを見ると妙に悲しくなった。草原状の源頭も終わり中俣乗越に出る。カミサンの顔には満足感が現れていた。一緒に来てよかったと思った。

 北ノ俣岳まで稜線漫歩の後、神岡新道を辿る。振り返れば眼下に赤木平、薬師岳、雲ノ平、黒部五郎岳。次は5月のスキーだなと新たな目標を秘めて黒部を後にした。今日は避難小屋泊。

◆8/18 下山

 朝もやの中を打保へ向かう。時折森の中に湿原が現れるおかげであまり気持ちが沈まない。誰にも会わないのがいい。

打保からタクシーを呼んで車まで戻り、後は白骨温泉、松本でいつものように打ち上げして東京へ(=日常)と戻っていった。

去年の黒部上ノ廊下から岩苔乗越・赤木沢、今年は双六谷とどちらも期待通りの美しく素晴らしい沢だった。特に今回の双六谷から黒部周遊は難しいところもなく、北アルプス入門の沢として最適と思う。

黒部源流のスキーはいつか必ずやってみたい。   


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